「教育無償化は正しいのか―
教育の国家社会主義化の恐れ」
教育無償化の議論―無償化が前提となっている
教育無償化が注目を浴びています。5月初旬に安倍首相は、日本維新の会の取り込みを狙ってか、「高等教育の無償化を憲法に書き加える」と述べました。
また、6月9日の政府の「骨太の方針」では「幼児教育・保育の早期無償化と高等教育の抜本強化」を提言しています。
わが党を除いて、各政党が無償化に賛成し、無償化を前提として議論しています。
違いは「幼稚園や保育園の就学前教育、大学の高等教育など、無償化の対象をどこまで広げるか」「その財源をどうするのか」
「その上、現在、義務教育の無償を定めた憲法を、さらに改正するのか」というところでしょう。
とにかく、範囲や方法論の差はありますが、「まず無償化ありき」となっています。
教育無償化の理由
その理由として以下のようなものがあります。貧しいがゆえに教育が受けられないことを無くすという機会平等。
教育の負担を軽くして子どもを産める環境を整えるという少子化対策。
日本の教育は国際比較すると公財政支出が低いので、もっと若者に投資すべきというもの。
保護者の収入が低いことで、子どもの教育投資が過少となり、子どもの収入もまた低くなるという貧困の世代間連鎖の懸念。
個々の労働者の能力や生産性の低下は、国の成長率の低下につながるという恐れ。このような理由で教育無償化が叫ばれています。
さらに、自民党の小泉進次郎議員などは「子供は社会全体で育てるものだ」として就学前教育の支援を訴えています。
また、無償化の流れの一つのきっかけとして、国際人権規約13条「高等教育の機会均等と無償教育の漸進的導入」の批准があります。
日本は長く批准していなかったのですが、民主党政権時に批准しました。これによって、日本政府は徐々に無償にしていくという努力義務を負うことになっています。
ということで、様々な理由がありますが、この教育無償化の是非について、多角的に検討していこうと思います。
財源をどうするのか
無償と言うからには、その財源についての議論がなければなりません。無償化だけを声高に主張することは、ポピュリズムと言えます。
では、現在ただ今、議論されている内容から、どれくらいの財源が必要なのでしょうか。それは、無償化の範囲によって変わってきます。
最近有名になった「こども保険」は、就学前教育のみの支援で、3400億円からスタートし、将来的には1兆7000億円まで必要としています。
就学前教育から大学まで幅広く無償化すれば5兆円必要という意見が出ています。結構な規模のお金が必要となります。
教育国債
財源として、使い道を教育に限定した「教育国債」を発行しようとする意見があります。自民党の下村博文議員などの一部の自民党や民進党が主張しています。
ただ、「教育国債」の実質は、名を変えた赤字国債と変わりません。借金をして教育無償化に使うということですから、将来世代へのツケ回しに過ぎないと言えます。
しかも、教育は毎年かかる経常的かつ義務的な支出ですから、これを国債(=借金)でまかなえば財政赤字が恒常化するでしょう。かなり無理があります。
さらに、「教育国債」を発行して、大学を無償化すれば、進学しない人はメリットがなく、返済の負担だけを負うことになり、不公平です。
消費税などに財源を求める
民進党が主張しているようですが、「消費税が10%になったとき、そのうちの1%を教育に充てる」というもの。
消費税10%の使い道は、今までさんざん議論してきていました(幸福実現党はそもそも消費税10%には反対ですが)。
その上で、その使い道を組み替えるという案は無理筋であり、ある意味では、負担の議論から逃げているようなものでしょう。
また、橋下徹氏は「人生に成功した人たちに負担してもらうとの考え方から、50兆円とも言われる相続資産や1400兆円もある金融資産、さらには380兆円とも言われる企業の内部留保への課税強化を提案したい」と読売新聞(6月4日付)のインタビューに答えています。
相続税増税は公明党も主張しています。これらは、完全に大きな政府の発想であり、財産権の侵害の恐れもあります。
さらには、民間の力を真綿で首を絞めるがごとく弱めていき、日本の国力を低下させていくでしょう。
こども保険―社会保険料に上乗せ
社会保険料に上乗せして財源を徴収する「こども保険」と言う考え方があります。自民党の小泉進次郎議員のグループが提唱して注目を集めました。
第一段階として、従業員と事業主がそれぞれ保険料率を0.1%上乗せて、約3400億円を調達し、児童手当を月5000円増額。
第二段階として、上乗せを0.5%に上げ、約1.7兆円を調達し、児童手当を月2万5000円増額するというもの。
率直に言って、これは保険ではありません(小泉氏は保険の考えを広くとらえるべきと主張していますが、詭弁でしょう)。
普通に、増税ととらえたほうが良いと思います。簡単に言えば「お金を保険料と称して徴収し、それを子育て世代にばら撒く」というだけのことです。
しかも、現金給付なので、子育てに使われる保障はありません。
「こども保険」と美しく聞こえますが、国民に兆円単位の負担増を求め、お金をばら撒いで、何を達成するのでしょうか。
しかも、その負担方法が逆進的で、所得が低い層ほど負担が高くなります。
一律にお金を配るのではなく、本当に支援が必要なご家庭に援助をすれば良いのです。
例えば、支援が必要なご家庭にクーポン券を配るというバウチャー制度などで、市場原理を入れた支援が望ましいと思います。
財政危機の時に教育無償化はいかがなものか
様々な財源の議論がありますが、そもそも「国の財政が厳しいときに、教育を無償化することが、本当に良いことなのか」ということを考えねばなりません。
教育費が払えないなど生活が困窮している世帯に対しては、一部、授業料を免除、バウチャー制度の導入、奨学金の拡充などで十分ではないでしょうか。
たとえ教育を受ける権利があるとしても、それが即ち、教育が無償でなければならないという理由にはなりません。
例えば、日本国憲法で生存権を保障されていても、食糧などが無料というわけではないのと同じです。
とにかく「教育無償化、すなわち一律にタダにする」という論調には注意しなければなりません。
教育無償化は“バラマキ”であり国民への買収ともいえる
経済的な問題で学業を続けられなくなる人に対して、セーフティ・ネットとして、一定以下の所得層について何らかの援助をすることは必要なことです。
繰り返しますが、問題は「授業料を払える人についても、払えない人についても、一律にタダにする」ということです。
ただでさえ、「財源がない」と騒いでいるときに、このようなことをするのは、「選挙用のバラマキ」でしかないとも言えるのです。
今まで有料だったものを無料にしていけば、恩恵にあずかった方々は、票を入れるようになるでしょう。国民への買収という観点も知っておかねばなりません。
大学の質の低下を恐れよ
現在は、誰でも大学に入れる「全入時代」です。私立大学の44.5%が定員割れをおこしています。
大学進学率52%の状況のなか、無償化によって進学率が上昇すれば、定員割れに苦しむ私立大学の経営者にとっては大助かりです。
しかし、大学は必ずしも社会で求められる能力を得る場になっていません。
タダだからという理由で安易に大学に入る人が増えれば、教育の質の低い大学を延命させることになりかねません。
これらの大学を改革せずに、授業料を無償にすることは、形を変えた救済補助金のようなものです。
単なる教育無償化は、大学経営のモラルハザードを起こす危険性があるのです。
授業料を取る方が大学の質が高まるという逆説
日本の大学の研究能力は著しく低下していると言われています。研究に対する公的支援が削られ、若い研究者が能力を発揮しにくくなっているからです。
日本経済の成長力を高めるためには、一律にタダにするより、若い研究者への財政支援を優先させるべきでしょう。
もし、大学が無償化され、税金でまかなうようになれば、逆に大学は税金に頼らざるを得なくなります。
国家財政が危機になれば、大学への公的支出が減らされるでしょう。そうなれば、今以上に大学の質が低下することになります。
実は、過去において、大学の授業料の引き上げによって、大学の質が保たれた面があったことを知るべきです。
また、アメリカのように授業料に市場原理が働いているところは、高等教育が質の面で高い競争力を保っているのです。単純に無償化が良いとは言えないのです。
少し難しく言えば、無償化の議論は、教育の需要側に働きかける分配政策であり、大学教育や就学前教育の「質」をどのように担保するかといった供給側に働きかける議論ではないのです。
無償化は単なる分配議論で、国家としての投資戦略とは言えないでしょう。
教育の質が大切
経済事情が厳しい学生ほど必死に学び、親にお金を出しもらっている学生は勉学の熱意が足りないとの報告もあります。それはコスト意識がないからと言われています。
大学の無償化は、一見良いように見えますが、コスト意識が希薄化し、学問への真剣さがなくなっていきます。
やはり、「タダだから長く学校に通う」などということがあってはならないでしょう。目的意識や学習の質は担保されるべきです。
無償化によって、勉強意欲のない学生の学費を税金で払うのは筋が通りません。
下手をすると定員割れの大学は、授業料を無償化すれば、表面的な学生だけが猛烈に増えるでしょう。そして、税金による授業料の負担は巨額になります。
定員割れの大学が努力しなくても、タダなので学生が集まりやすくなりますから、経営努力をするインセンティブを失ってしまいます。
さらに、皆が大学へ進学するようになれば、現在は高卒が従事している比較的単純な労働に、大卒が従事するようになります。
そうした仕事は高卒でも大卒でも成果にそれほど違いはないでしょう。名目だけの大卒をつくることが本当に良いとは思えません。
やはり、大卒の教育の質を高めないと、大学の使命は果たせないのではないでしょうか。
教育無償化は教育レベルの低下を招く
ここで、考え方を初等・中等教育にも拡大して教育無償化の本質を考えていきたいと思います。やはり、教育無償化をしても、教育内容が悪くなれば元も子もありません。
「授業料がタダなら、教育のレベルが低くても許されるので、教師はもっと楽ができる」という安易な方向に流れる恐れがあるのです。
教師に対して、「もっとサボってもよい」というメッセージを出しているのと同じだからです。有料であればサボれません。
都市部の家庭では、年間百万円以上の高い授業料を払ってでも、私立の中学や高校に子供を入れたがります。
生徒一人から年間百万円以上の授業料を取っていて、もし教育の内容が悪ければ、親は黙っていないので、教師は真剣にならざるを得ないのです。
また、高いお金を出して塾に通う子どもが増えています。それは、公教育(必要経費を除く、授業料はタダ)の内容に満足していないからでしょう。
「タダだからよい」というわけではないのです。
「タダと言ったって、やる気はないのでしょう。授業のレベルが低く、学級崩壊を起こしたり、いじめを起こしたり、道徳的な退廃を起こしたりしている」という感じで保護者から見られるのではないでしょうか。
(もちろん、真摯に教師業をされている方が多いことは存じ上げています。ここでは構造上の問題を取り上げています)
教育無償化は社会主義・共産主義の発想そのもの
このように、教育無償化は「悪い教育ではあるが、税金を投入してタダにするから、我慢しろ」と言われているようなものです。
本当は、国民は「お金を出してでも良い教育を受けたい」というニーズがあるにもかかわらず、単にタダにしようとしているのです。
さらに、無償化して、全部国が決めたとおりの教育をすれば、「多様性」というものがなくなっていきますから、「社会主義的人間」ができていくでしょう。
そして、子供を国家で管理することになります。ですから、親がいなくてもよくなるのです。これは、マルクスが狙っていた教育です。
マルクスの『共産党宣言』では、「教育の無償化」ということを、はっきり言っています。
そして、この教育の無償化は、結果的に教師にとってサボれるようになってしまうのです。その結果、日教組が喜ぶ教育現場となっていきます。
そして、公教育に不信感を抱く保護者が多くなり、私立や塾に多額のお金を払っていく人が後を絶たなくなるでしょう。
実際上、これは公教育が“破産状態”にあると言えます。企業で言えば「破産しているところに、どこまでお金をつぎ込むか」ということです。
教育無償化で単にお金をつぎ込むのではなくて、その前に公教育のリストラ、イノベーションが必要だと思います。
教育の無償化は塾や予備校が喜ぶ
今の公立には甘えがあって、塾や予備校などで勉強しなければ進学ができないようになっています。
もし、無償化という流れが、「塾代や予備校代が払えないので、学校のほうは無償にします」ということであるならば、
「学校そのものが存立の危機を迎えている」と言わざるをえません。そして、教育無償化が進めば、塾や予備校が喜ぶと思います。
塾や予備校のニーズが、もっともっと増えてくるでしょう。その結果、国民の支出は、おそらく増えてしまうことも考えられます。
さらに、一番の問題は、塾や予備校が教育の主体となれば、学校教育が傍流に押し流されてしまうことです。
つまり、子どもたちは塾で真剣に勉強し、学校は休み時間と考えます。学校に費やす膨大な時間が、死骸の山となって無駄になりかねないのです。
国民は教育の質を求めている
学校を全部タダにする必要などありません。あれだけ私立に行きたがる人がいるのですから、無料にまでする必要はないでしょう。
本当は、国民の皆様は、よい教育を求めているのです。中身さえよければ、お金を出しても良いと思いっているのです。
「いじめ事件」などが起きると、しっかりした学校に子供を行かせたくなります。つまり、教育費は「安ければいい」というものではないのです。
場合によっては、費用の高い方へ行きたがります。やはり「教育の質がいいかどうか」が大事なのです。「教育無償化」は、税金が余分に要るようになるだけです。
「いじめがなくて、教育内容がいい学校であれば、授業料が高くとも別に構わない」という国民は多いと思います。
義務教育を有償にする学校があってもよい
逆に、義務教育のところも含めて、十校に一校でも良いので、無償ではなくて有償にすることもあり得ます。有料でもよい学校を実験的につくってみる価値はあります。
公立校の十校に一校でもよいので、「どこから通ってもよいが、お金を取る」という学校をつくります。
「お金をもらう」となると、当然、責任が発生します。ひどい授業をやっていたら、お金をもらえません。だから、教える側はプロにならざるをえないのです。
タダだったら、プロにはなりません。タダになれば、学校で、一日中、子どもたちが話をしていても、自習をしていても、
遊んでいても、いじめが行われていても、先生は何もしないマインドになりやすいでしょう。何しろ「タダ」なのですから。
このように、「保管している子どもたちの遊び場として、学校を開放しているだけ」ということであれば問題です。
教育無償化で、お金をばら撒くことのほうにばかり目が行って、内容のほうに目が行っていないのではないでしょうか。
少子化対策は公教育を良くすること
少子化対策として教育無償化が叫ばれていますが、学校と塾のダブルで費用がかかりすぎているから、少子化が進んでいると言えます。
少子化対策には、教育無償化ではなく、公教育を良くすることが必要なのです。
国家が国民の面倒をすべて見れば、家族制度は崩壊する
教育無償化が進めば、親の面倒を見ない子どもがたくさん出て、あとでさらにツケが回ってくることになります。
昔は、「働いてお金を工面し、積立し、質素倹約して、子どもの教育費を出す」ことは親の生きがいでもあり、最高の喜びでもありました。
子どもは親に対し感謝します。それが、子どもが大人になってからの労働意欲となり、晩年の親孝行、報恩の心の源泉になっていました。
逆に、教育無償化は、国家が子どもの面倒を見ることになるので、国家が「産み捨て」を奨励しているようなものです。
そして、産み捨てられた子どもたちは、国家が面倒を見なければなりません。また、年を取った方も国家が面倒を見ることになります。
つまり、「産み捨てられた子どもは国家が面倒を見、そして、産んだ親のほうも国家が面倒を見る」ということになります。
これは国家として成り立たない考えなのです。このように、教育無償化は有難いようですが、実は「親が捨てられることがいっそう決定的になり、早くなった」ということです。
また、その循環から言えば「なぜ、結婚して子どもをつくり、努力して育てなければならないのか。やがて親である自分を捨てることが決まっているのに」という気持ちになってきます。
教育無償化を進めた結果、親不孝者が増えるので、現実には、子どもの数が増えるのではなく、むしろ、「子どもは産む必要がない」という少子化に流れることも予想されます。
「授業料の無償化」は教育に対する責任の放棄
とにかく「一律タダにすれば、それで教育がよくなる」というような考えは、責任の放棄です。
「貧しくても、教育を受ける権利がある」ということ自体は大事なことではあるけれども、「収入があろうがなかろうがタダにする」というような考え方は、あまりにも大雑把すぎるし、教育に対する尊厳を捨てたような感じがします。
タダにしてお金を取らない部分は、結局、すべて塾や予備校の費用に替わっていくだけでしょう。
「『教育は塾や予備校でやってください』という意味で、学校はタダにします」というのが本音であるのだったら、学校の存立自体の問題になるだけです。
今の教育無償化の議論は、国家社会主義に向かっているだけで、国の発展・繁栄、国民の幸福には程遠いものです。
税金のバラマキではなく、教育の質を高め、国民の多様性に合った自由主義的な教育政策をなさねばなりません。
そのためには、無駄な予算を省き、限られた予算で優先順位をつけることこそ政治の仕事であると考えます。
2、編集後記
教育無償化に対して、幸福実現党以外で、明確に反対する政党がないことに危機を感じます。
とにかく、教育無償化は「共産党宣言」に書かれているように、共産主義の考え方なのです。
基本的に、共産主義の考え方は、国が衰退していくのです。
共産党や社民党は、それを目指している政党ですから、仕方ない部分があります。
民進党も基本的に左翼なので、共産主義的にもなるでしょう。
問題は自民党です。保守政党であるのですが、発想が国家社会主義的になっています。
近衛文麿が「右も左も一緒だった」と言っていましたが、現代にもそれが起こりつつあります。
自由主義で保守である幸福実現党が頑張らねばなりません。
◆ 江夏正敏(えなつまさとし)プロフィール
1967年10月20日生まれ。
福岡県出身。東筑高校、大阪大学工学部を経て、宗教法人幸福の科学に奉職。
広報局長、人事局長、未来ユートピア政治研究会代表、政務本部参謀総長、HS政経塾・塾長等を歴任。
幸福実現党幹事長・総務会長を経て、現在、政務調査会長。
◆ 発行元 ◆
江夏正敏(幸福実現党・政務調査会長)
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